今山八幡宮について

御由緒

御祭神

誉田別尊(ほんだわけのみこと)応神天皇(おうじんてんのう)
息長足日売尊(おきながたらしひめのみこと)神功皇后(じんぐうこうごう)
玉依姫命(たまよりひめのみこと)姫神(ひめかみ)

御由緒

本殿 当宮は、天平勝宝二年(西暦750年)豊前国宇佐八幡宮を是れの蓮菜山辰巳の尾巳に社地を構えて勧請したもので、国司・郡司の崇敬最も深く、天平宝宇二年(西暦758年)社領を加増せられてから、当山最も興隆を極めたので、社号を今山と改め今山八幡宮と号したと謂れ、歴代の領主、土持氏・高橋氏・有馬氏・三浦氏・牧野氏と諸氏相継ぎ崇敬し、内藤氏を至ては延岡領内守護の神社として崇敬最も厚く、社伝には、数度の火災・兵乱により、炎上・焼失の記録はあれども、代々の領主に祈願所なれば、敢えて甚だしきに至らずと付記されており、社領の寄進・社殿の造営・神事能の奉納寺は、代々の領主の常例であった。
又、一般の崇敬も特に深く、明治の神仏分離以降は延岡市は元より、県内外よりの祈願者や参拝者多く、県北第一の大社として、尊崇の念を集めている。

境内末社

今山恵美須神社・今山八坂稲荷神社・今山金刀比羅神社・今山秋葉神社

境内案内

境内マップ ①本殿・礼拝殿
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